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★★★
コース NO.41
小仏峠から奥高尾、景信山、陣馬山
/奥高尾の「関東ふれあいの道」をつなぐ山/
1. 景信山
2. 堂所山
3. 陣馬山
727.3m
731m
855m
JR高尾駅→西東京バス10分→小仏バス停→15分→景信登山口→50分→小仏峠→40分→景信山→50分→堂所山→30分→明王峠→50分→陣馬山→20分→和田峠→40分→陣馬高原下バス停→西東京バス38分→JR高尾駅
(歩行時間/約5時間)
登山道グレード/★★ 体力グレード/★★★ 技術力グレード/★★ 総合コースグレード/★★★

 

小仏峠を越えて景信山へ

       小仏峠

 旧甲州街道の小仏峠から景信山に登る。景信山からは堂所山を経て陣馬山まで、奥高尾の緩やかな尾根を5時間ほどかけて歩く。往時の人々が越えたいくつもの峠があり、縦走路は「関東ふれあいの道」の一部として〝鳥のみち〟と名付けられている。
 小仏バス停から左に臨済宗宝珠寺、右上方に中央道を見て15分ほどで景信山登山口の標識に出合うが、見送ってさらに小仏峠登山口まで歩く。小仏川のせせらぎを見てスギ林の中の荒れた急な道を上れば小仏峠(548m)に出る。小仏城山から下りてきて景信山に登る鞍部にあたるところだ。
 江戸時代は「甲州道中」といったが、明治時代には「道中」を「街道」と呼ぶようになった。一寸八分(5.4㎝)の小さな仏が峠に祀ってあったのが名前の由来といわれる。戦国時代後期までは間道であったのが、武田氏の軍勢が小仏峠を越えて八王子・滝山城への攻撃に参加したため、関所を設けた。現在はこの峠のすぐ北側にトンネルが掘られて中央自動車道・圏央道とJR中央本線が通っている。

 

林野庁が風景林として整備

       景信山

 小仏峠からは40分ほどで景信山に着く。しばらくは滑りやすい道が続くが、そこを過ぎると緩やかで広い山道となる。山頂には茶店が2軒あり、週末や休日には多くの登山者で賑わう。早春からダンコウバイやアブラチャン、クロモジの木が黄色い花をつけ、4月にはヤマザクラが見ごろ、初夏にはヤマボウシの木が白い花でいっぱいになる。
 山頂からは相模湖の向こうに富士山や丹沢、道志の山々が、反対の方向には小仏城山、高尾山、八王子の街並み、都心のビルや東京湾が望める。近年、林野庁により南斜面のスギが風景林として整備されて明るくなり展望がよくなった。

       堂所山へ

景信山の名前は、八王子城主であった北条氏照の家臣・横地景信が烽火台を築いて守護していたことから付いたといわれる。
 景信山から陣馬山に向かう。右が八王子市、左が相模原市の間を走る尾根を縦走する。20分ほど急で滑りやすい道を下ると緩やかな尾根の登りが続き、やがて小さな起伏を繰り返すようになる。相模原市側には主にスギの人工林、右側にはヤマザクラや広葉樹が続く。40分ほどで堂所山への道と明王峠に向かう左の巻道の分岐に出る。
 巻道をとらず、堂所山への急な登り道を行くと、15分ほどで南北に細長い山頂に着く。陣馬山方面の展望が開けている。山頂の奥から北へ続く尾根道は北高尾山稜で、関場峠を経由して八王子城跡(八王子城山)に続いている。

 

       堂所山

       底沢峠

       明王峠

 

不動明王を祀る明王峠

       奈良子峠

 堂所山をあとにして、木の根がむき出しになって滑りやすい山道を明王峠に向かって下る。途中、右に下れば陣馬高原下、左に下れば美女谷温泉を経て相模原市の底沢に下りる底沢峠に出る。底沢峠は昔、明王峠と呼ばれ、小仏峠が開かれる前は武蔵から甲斐へ越える主要道だった。
 そこから10分ほどで現在の明王峠に着く。茶屋の裏に不道明王が祀られているから「みょうおう」峠で、「めいおう」峠ではない。丹沢や富士山の展望が開け、多くのハイカーが休憩したり、食事をとったりしている。春はサクラが美しい。茶屋は週末休日だけ営業している。昔は「明王ドッケ」と呼ばれていたらしい。峠から1時間半ほどで与瀬神社、相模湖に下ることができ、縦走路を10分ほど歩けば、もうひとつの峠、奈良子峠(ならことうげ/730m)に出合う。
 急な奈良子尾根を下って栃谷(とちや)集落、陣馬の湯からJR藤野駅に出られる。

陣馬山で360度の眺望を楽しむ

 縦走路最後の整備された道を上がり切り、陣馬高原とも呼ばれる明るい山頂に出ると視界が一挙に開ける。3軒の茶店があり、晴れた日には南西に大きくそびえる富士山と丹沢の山並み、そして富士山に向かっていななく白馬の像が目に飛び込む。北西には生籐山、連行峰、大岳山、御岳山など、360度の展望が楽しめる。
 とくに富士山は見事で、「関東の富士見百景」「かながわの景勝50選」に選定されるなど、古くから富士見の名所のひとつとして知られている。戦国時代、関東の北条氏が甲斐の武田氏への備えとして山頂に陣を張ったことから陣場という説が知られていて、以前は「陣場山」という表記が使われていた。
 帰りは和田峠に下りて、舗装された林道を陣馬高原下バス停まで歩く。林道は急な下りのうえS字型に大きくカーブしているので、長く歩くのを避けるため、山頂から「陣馬山新ハイキングコース」を下れば林道の真ん中あたりで合流することができる。どちらのコースも山頂から1時間ほどでバス停に着く。和田峠(691m)は、もともと相模方面の呼び名であり、八王子では「案下峠(あんげとうげ)」と呼ばれていたという。

       陣馬山

       和田峠

 この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の電子地形図(タイル)を複製したものです。(承認番号 平29情複、第719号)